162  名前:氷河期@ ID:HLHNONE  2013/03/11 23:32

第13話 『弟子を追って』

岸本が見つめる先には村田の白いZがあった
ゆっくりとPAに入り、ブラックブルの横にZを停めた
岸本はZのドライバー、村田に一瞬だが見られたような気がしていた
―バタン
白い高そうなタキシードを身に纏ったセレブが小汚いPAへと降りた
「ほう…あんたが…」
緊張した空気の中、最初に口を開いたのは源田だった
源田を見つめる村田の目は死んでいた
「おいおい、どうした~元気だせよ坊や~」
相変わらず小田は空気が読めない。緊張した空気の中でも一人浮いていた
「それとあんたは…!?」
じいやの顔を見た瞬間源田の顔が変わった
「岩城…さん…」
じいやが誰か気付き、源田は急にかしこまった
同時に小田もかしこまっていた
「おぉ、久しぶりだな源田、それに小田も。相変わらず変わっていなようだな」
じいやが温厚な口調で二人に話しかけた
すると今度は米沢と岸本に目を向けた
「君達が今首都高で最速を争っている二名かな、話は風の噂で耳にしていたよ」
「は…はぁ…ども」
岸本がやや照れながら頭をかいた
米沢は微動だにせず、ジーパンのポケットに手を突っ込んでいた
「あ、あの…社長、この方は?」
「この方は岩城さん、岩城明夫さんだ。俺のチューニングにおける師匠みたいな存在だ」
「え、社長にも師匠と呼べる人がいたんですね」
「と、とんでもない。私は源田にチューニングの基本を教えただけですよ」
じいやが照れくさそうにしていた
「実際、私よりも源田の方がチューンの腕はありました。私はそんな源田を尊敬していましたよ」
二人の間に笑いが起こった
久々の師弟の再会はさぞ喜ばしいものだったのだろう
「岩城さん、一つ聞きたいことがあります。俺がチューンの世界から退いた後、岩城さんもチューンの世界から退いたと聞きました。一体何故そんなことを?」
「源田、君が消えてしまったからですよ。私の教え子が私を超えた。ならば私はそれを超える存在にならねばならない。そう思い続けてチューンを続けてきました。ですが、君があの事故を起こしてチューンの世界から消え、追いかける存在がいなくなったチューンの世界に生きる必要はないと考えたまでです」
源田の突然の質問にもじいやは冷静に答えた。そして話を続けた
「ですが、私は密かにエンジンを組んできました。未練というものでしょう、チューンの世界から足を洗いきれなかった私の甘さです。ですが、その結果としてZが残っています。そのZを、ぼっちゃまが乗りこなしている、それだけで私は良いのです」
じいやの壮大な話に全員が唖然とした
あの小田でさえ黙り込んでしまうほどであった
「で、岩城さん…そちらの若い少年は?」
源田が村田を指差す。だが村田は俯いたままであった
「こちらは卓弥ぼっちゃま、本名は村田 卓弥と言います」
「ほう…村田…」
源田が興味深そうに見つめる
「おい、元気ねぇな、どうした」
源田が村田の肩を優しく叩いた。村田はそれに反応して顔を上げた
「俺は勝たなきゃいけねぇんだ…あんたの仕上げたそのブルーバードって奴に」
「ふん、勝ちてぇか。無理だな」
源田が冷たくあしらった
周りの輩は見ているだけで何も口を挟もうとはしなかった
「そんなに低いモチベーションで勝てると思ってんのか? まだ未完成ではあるが、俺にとってなかなか完成度の高いランエボに勝とうなんざ、今のお前には無理だ」
「くっ…」
村田が悔しそうに唇を噛み締めた
源田はそんな村田を見て軽く微笑んだ
「何でそんなに勝ちたがるんだ? そこまで拘る理由が今のお前にはあるのか?」
「勝たなきゃ…勝たなきゃ生きていけねぇんだよ! 俺は!」
村田が叫んだ。その会心の叫びはPAに強く、そして源田の心にも強く響いた
「ふっ、分かった。お前の車をブルーバードに勝てるようにセッティングしてやるよ」
源田はいつもは見せないような優しい表情をしていた
村田は驚いたのか大きく口を開けた
「事情は知らんが、そこまで走りに拘る奴にはお手上げだ。理由はどうあれ、速く走りたがる奴には俺は手を貸してやる」
「源田…すまない…私が不甲斐ないばかり…」
じいやがとても申し訳なさそうな表情をしていた
「いやいや、良いんですよ、岩城さん。俺はこのステージで一番速い奴を見たいだけなんです。例えそれが誰であろうと―」
源田の目には白く輝くZが映っていた


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