187  名前:氷河期@ ID:HLHNONE  2013/03/24 00:31
第18話 『さらば』

源田が社長室で呑気にタバコを吹かして資料を見ているとドア越しに声がした
「社長、来客です」
「おう、入れろ」
来客は村田とじいやだった
「あ、岩城さん、どうもこんにちは。さぁ、そちらのソファにどうぞ」
社長用のお高いデスクの前にあるソファに腰掛けるよう促した
源田に言われる前に村田はすでに腰掛けていた
「あ、ちょっとお茶持ってきてくれや」
源田が秘書に指示を出すと何も言わずにお茶を取りに行った
「で、急にどうしたんです? 岩城さん」
「ああ、今日はお別れをしようと思いましてな」
「お別れ…?」
源田の表情が少しずつ曇ってきた
「ぼっちゃまはサーキットの世界で生きることに決めました。おそらくこの首都高に戻ってくることは無いでしょう」
「はぁ…」
源田が唖然としていると秘書がお茶を持ってきた
お茶を持ってくるだけ持ってきて、秘書はまたどこかへ行ってしまった
「あぁ、緑茶、どうぞ」
源田が急須を軽く押した
「いやいや、お構いなく」
じいやは遠慮しがちだったが村田は相変わらずだった
「そういえば岸本君はどちらに?」
「あぁ、アイツなら営業課にいますよ。あと数分で昼休みですからまたガレージの方に来るでしょう」
岸本は昼休みにガレージで源田と車をチューンするのが日課になっていた
エンジンも僅かな時間の積み重ねて完成させたものである
「もう昼休みの時間ですね、岸本を呼んできましょう」
源田が営業課へと向かった

―ガチャ
再びドアが開いた
今度は源田だけでなく岸本もいた
「あ、どうも皆さん。いきなり二人揃ってどうしたんです?」
源田と同じような質問を岸本も投げかける
「今日はお別れを言いに来てね。ぼっちゃま、何か言うべきことはありますか?」
じいやの急な問いに村田は背筋をビクリとさせた
数秒の静寂の後、村田が口を開いた
「岸本さん、俺、サーキットの世界で生きていくことにしました」
「へぇ…」
岸本が興味深そうに話を聞く
そして村田も話を続ける
「岸本さんには感謝してます。あなたがいなかったら今頃俺は路上で野垂れ死にしてたはずです」
「えっ、俺なんかしたかなー?」
岸本がやや照れ臭そうにしている
「あなたの存在、それだけが俺の希望になりました。あなたの走りそのものが、俺に新たなる夢を与えてくれました」
「夢…?」
「一家を守りぬくっていう夢です。走ることで一家を支える。その走りのきっかけを与えてくれたのは岸本さん、あなたです」
「…」
岸本が黙り込んでしまった
「本当に感謝しています。そして源田さんも本当にありがとうございました」
「いや…俺は別に何もしとらんぞ…」
「源田、私からも感謝の意を示す。本当にありがとう」
「…」
源田も黙り込んでしまった
似た者同士である
「では、私達はこれで」
じいやが今までに無い微笑みを見せた
社長室から出て行く二人の影はとても大きく見えた
「ふっ、たくましくなったな、あの村田って野郎も」
「本当ですね」
「さ、エンジンの修理終わってねぇんだからさっさとやるぞ」
「あっ、そうでした」
先に行ってしまった源田を岸本が慌ただしく追いかける
外へ出ると村田のZが駐車場から出ようとしていた
―ブォォォン
低いマフラー音が源田と岸本の心を強く刺激した
颯爽と去っていく白い姿は二人の目にとても大きく映った
「さらば…」


―さらば、降りる者よ。さらば新しき世界に生きる者よ。


188 : 氷河期@ ID:HLHNONE  2013/03/24 00:32
首都高セレブ篇 ―完―


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