306  名前:氷河期@ ID:AOHOLGND  2013/05/06 22:36
誤字ってたので

第29話 『R』

林のR32の大破は走り屋の間にもの凄い速さで伝わった
そんな林のR32の大破から2週間が経った今日、米沢に小田がある知らせを持ってきた
「おい、どうやら林が目を覚ましたようだぜ」
林は事故後2週間もの間昏睡状態になっていた
「そうっすか、じゃあ明日辺り話をしに行ってきます」
「大丈夫か? アイツはお前のことを殺そうとしてたんだぜ?」
たしかに小田の言う通りである
自分に殺意を抱いている人間に接触するのはかなり危険である
「大丈夫っすよ小田さん、アイツは分かってるっす」
「分かってるって…どういう意味だよ?」
「何というか… 一緒に走った者同士にしか分からない何かっすねね」
「あー、よく分からん、もう好きにしろ!」
俺は蚊帳の外かよ!、とツッコミたそうな顔をしている
此処で堪えるのが大人、というのはさすがに分かっているだろう

米沢が病室に入ると、そこには誰だかよく分からない包帯の塊があった
(こいつが林なのか…?)
かろうじてその包帯の塊から目と口と鼻だけは確認出来た
他の部分にはこれでもかというくらい包帯が巻かれていた
「あんたが…林なのか?」
話すのが大変なのか、数秒の間を置いて林らしき人物は答えた
「そ…そうだ」
包帯の塊は林だった
「ふん…残念だったなぁ、こんな結果になっちまって」
嘲笑うようで嘲笑っていない、絶妙な一言だった
それを聞いて林は怒るどころか軽くニヤついた
そしてまた数秒の間を空けて言った
「当然…の結果…だ。俺は自分…勝手に暴れていた。当然…の、報い…だ」
「体調はどうだ? つい最近目を覚ましたらしいが」
こんな男にも情けをかけてしまう
おそらく無意識で情けをかけてしまっているのだろう
「最悪…だ。てっきり…俺は死んだかと…思ったが…意外とそうでも…なかったな」
「俺もてっきり死んだかと思って合掌しちまったぜ、だが生きてて良かったなぁ、きっとあんたの愛車がお前を助けてくれたんだろうよ」
「俺の…Rが? ありえん…俺が凶器に変えた車だ…俺を救う、わけがない…」
「あんたが凶器に変えた車でも、きちんと手を入れていたんだろう? 俺より速く走れるようにチューニングしたりさ」
米沢が軽く笑った
「あんたはあのRを愛していたんだよ」
それを聞いて林の目から熱いものが溢れ出した
「くっ…そうだな…その通りだ。俺はあのRを…愛していた…かもな。いや…GT-Rという車そのものを…愛していたのかもな…」
「俺は…間違っていた。勝てないのを…周りのせいにして…結局自分から…逃げていた。俺のRが…首都高一でないことを…憎んだ」
「だから、首都高を走る他のGT-Rをクラッシュさせた…と?」
「あぁ…その通り。俺のRは…孤高の存在でなければ…ならない。そう考えたんだ」
林の頭にはR32と走った思い出がフラッシュバックしていた
速く走れるようにチューンしたこと、首都高を何回も走ったこと
様々な思い出が、病室中に溢れていた
「だがあんたは間違っていた。それは何があっても変わらない。分かっているよな?」
「あぁ…怪我が…完全に治ったら…出頭するよ。本当に…すまなかった。この思いを…お前の走りに乗せて…首都高を…走ってくれ! そして…伝えてくれ!」
「ふん…当たり前だろうが。じゃあ俺は行くぜ」
米沢が病室を出ようとした瞬間、米沢を呼び止める小さな声が聞こえた
「待ってくれ…俺のRが…この近くの廃車場にある…スクラップにされる前に回収してくれ…頼む…! アイツをただの鉄の塊に変えないでくれ!」
「なぁんだ、意外とハッキリ喋れるんじゃねぇか。分かったよ、廃車場な」
そう言って米沢は病室を後にした
「感謝する…」
林は真っ白な天井を見上げて呟いた

―一段と赤く輝く夕日に向かって、黒き猛牛は走っていった


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