9  名前:氷河期@ ID:AOHOLGND  2013/09/08 18:07

第5話 『ブルーバード』

「あれ、大輔が離れていきますよ?」
岸本がバックミラーを見つめながら源田に問う
「負けを悟ったんだろう。降りるのは自由だ」
「そんな暗黙のルールがあるんですね」
「多分そんな感じだろ。首都高は広いようで狭い、いずれこの場所で再び会うだろう。さ、会社に戻ろうぜ」

首都高でのバトルを終えた岸本は源田を車に乗せてGNDホイール本社へと戻った
「此処だ、此処にこの車を入れてくれ」
源田が立派な本社ビルの横にある小さなガレージを指差す
「あれ、こんな所あったんですね。本社ビルが立派過ぎてあんまり目に映えなかったです」
「まぁ無理もねぇか…」
そう言って源田は車を降り、ガレージのシャッターを開けた
岸本は恐る恐るガレージの中に車を入れる
「うわっ、凄い…」
ガレージの中には工具、部品、車に関するありとあらゆる物が揃っていた
「俺がチューナー時代に使っていた道具だ。まぁ新調したり増やしたりしたのもあるがな」
「あれ? でも社長はチューニングを止めたんじゃ…」
「ビジネスとしてのチューニングはな。今俺がやっているのは趣味のチューニングだ」
「趣味…?」
岸本が不思議そうな表情で問う
「そのままの意味だ。だが誰にでも行うって訳じゃない。趣味でチューンする以上、ドライバーがしっかりした野郎じゃなきゃ俺はチューンをしない」
源田が岸本を睨みつけるかのようにじっと見つめる
「岸本、このエボⅩはお前にやるよ」
「え!?」
岸本は驚きを隠すことが出来なかった
「いや、しかし金が…」
岸本が困った笑みを浮かべる
「金? お前の今乗ってる軽自動車で構わん。あれを営業用として使わせてもらおう」
「いやいや、釣り合ってないですって…」
「釣り合ってない? それでも良い。お前はこのエボⅩを最大限に活用出来そうな気がしてな。それだけで充分だ」
「いや、悪いですって…」
源田が呆れた顔をしている
「ったく、遠慮しやがって。お前はこの車に乗るべき人間だ。だからこの車はお前の物だ。良いな? 受け取れ」
「いやしかし…」
「社長命令だ。受け取れ」
源田が遮るように言った
「はぁ…」
さすがに岸本も折れたようだった
「フッ、それで良いんだよ。お前はこの車との相性が抜群に良い。だからこそ俺がチューンしてやる甲斐がある」
「源田さんがチューンを…?」
「走るのが好きなんだろ? 俺はそういう奴に精一杯のチューニングをしてやりたいと思ってる。」
「走るのが好きって…何で知って…」
「何の用も無く首都高走ってる奴なんざ大体走り好きの走り屋だぜ? さすがに軽自動車が格好つかないかもしれんけどな」
恥ずかしくなったのか岸本は頭をかき始めた
「それに、さっきも言ったがお前とこの車は相性抜群だ、まるで意思疎通しているようにな。走るのが好きで、車との相性も良い。チューニングしない理由がないだろ?」
「は、はぁ… ほんと、恩に切ります」
「まぁ、俺が全力で手を入れてやるんだ。首都高の最速くらいは軽く取れよ?」
「えっ… いや俺には…」
「何言ってるんだお前、首都高最速のブラックブルを抜いたんだぜ? それだけで立派だよ」
「そ、そうですか?」
「いや、ブラックブルもほとんど純正に近い状態だったな、純正であそこまで走らせる米沢もお前と似たようなセンスを持っているかもしれない」
「と、言いますと?」
「どっちも全力で手を入れりゃ同じくらいってことかな」
源田が笑いながら岸本の肩を叩いた
「はっきりしてくださいよぉ…」

源田がエボⅩを見つめる
「そういや、コイツにはまだ名前が無かったな」
「名前…? 社長、車に名前なんてつけるんですか?」
岸本が問う
「俺はそうしなきゃ気が済まないクチでな。現役チューナーだった頃も、サーキットに出す車にはよく名前をつけてたよ」
「へぇ… 面白いですね、そういうの」
「だろう? コイツの名前はそうだな、羽ばたくように走る青い鳥… ブルーバードなんてどうだ? 岸本」
「ブルーバード、すごく良いですよ!」
「よし、今日からコイツはブルーバードだ」
「はい!」

―ブルーバード
首都高に眠る怪鳥の卵が遂に孵った



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