11  名前:氷河期@ ID:AOHOLGND  2013/09/08 18:17

第6話 『セレブ』

(飽きた。ゲームも、漫画も、寝るのも、テレビを見るのも)
「おーい、じいやー 何か面白い物は無いのかよー」
とある富豪の息子がソファに寝ながら言う
「申し訳ございません、卓弥ぼっちゃま。あいにくですが、ぼっちゃまがお好みの娯楽はもう無いかと」
「ちぇっ、何だよつまんねーな」
―村田 卓弥
大手ギャンブル会社『KING』の社長の息子、22歳だ
「ぼっちゃま、お紅茶でもいかがでしょうか?」
じいやがいかにも高級そうなカップに高級そうなポットで紅茶を注ぐ
「おぅ、飲むぜ」
村田がテーブルの上のカップに手を出した
「では、私は少し席を外します」
「んー」
バタン、とドアの閉まる音が広い大きな部屋に響いた
(そういやじいや、よく部屋から出て1時間くらい帰ってこないけど何やってんだ?)
紅茶をすすりながら村田は疑問に思っていた
村田はふと、部屋の中の広い窓に近づいた
「こうやって外を眺めながら紅茶を飲むのも、粋だよなぁ」
村田はそう呟いてカップを口に近づけた」
しばらく外を眺めていると、下の庭から何か音がすることに村田は気付いた
見下ろすと、じいやが1台の白い車に何かをしていた
興味が湧いた村田はすぐさま庭へと駆け下りた
「じいや、何してんの?」
「おぉ、ぼっちゃま。私は今『チューニング』を行っているのでございますよ」
「ちゅ、ちゅーにんぐ?」
村田はよく分かっていないようだった
「簡単に言ってしまうなら『改造』のことです。チューニングそのものに改造という意味は無いのですけどね」
村田はますます意味が分からなくなっていた
「で、そのチューニングとやらをしてどうすんだ?」
「特に意味はございません。速く走る、それだけの為に私はチューニングを行っています」
「何で急にこんなことを?」
村田の度重なる質問にも、じいやは温厚な表情で答える
「急、ではございませんよぼっちゃま。私は十年ほど前からこのようなことを続けてきました」
「じゅ、十年も前から!?」
村田は驚愕した
「そうですね、この車が発売された1989年頃からでしょうか。私は当時サーキットでドライバー兼チューナーをしておりましてね。チューナーとしての仕事の方が多かったですけど」
「へぇ…」
村田の驚きが興味へと変わっていった
「自分で言うのもなんですが、私は当時かなりの記録を持っておりました」
「じいやって凄い人だったんだな!」
「いえいえ、ですが私はある男の引退を機にサーキットの世界から退きました」
「それは誰なんだ? じいや」
村田がやや緊張した表情で問いかける
「源田、という男です。彼は年下ながらも凄い人でした、チューニングに関するあらゆる知識を持っている、まさしくチューニング界の神と言ったところでしょうかね」
村田が静かになり、じいやが一人で語り続ける
「私は彼の背中を追いかけていました、いつまでも前に出ようと必死に。ですが、彼が消えてしまった以上、サーキットの世界に残る意味は無いと思いました」
「そこで私は引退を決意しました。ですがチューニングだけは止めることが出来ませんでした。どこまで車を速く出来るか、その欲望が私の中から消えなかったからです」
「お、おぉ…」
村田は唖然としていた
いつもは騒がしい村田も、よく分からない話を長々とされ何も言えなかったようだ
「と、とりあえずこの白いのカッコイイな!! 何て言うんだこれ?」
村田は空気を入れ替えようとまた質問をする
「ぼっちゃまが車に興味を持って下さるとは、じいやは嬉しい限りです」
涙腺が緩んでいるじいやの目から涙が溢れ出した
「分かった、分かったって、で、この車はなんて言うんだ?」
「こちらはフェアレディZ 300ZX 通称Z32と言います」
「ふ、ふぇあれでぃぜっと? よく分かんないけどカッコイイなこれ」
「どうですぼっちゃま、今夜辺り私と一緒にドライブでもいかがでしょうか」
「お、良いね! 一緒に行くよ俺」
「かしこまりました」
じいやがZ32のボンネットを閉めた

「ぼっちゃま、ぼっちゃま、夜の10時ですよそろそろ参りましょう」
じいやがソファでグッタリしている村田の肩を揺する
「う、うーん」
村田が嫌々しそうな顔をしながら目を覚ます
どうやら寝起きは良くないようだ
「おはようございますぼっちゃま。ドライブに行く準備は整っておりますでしょうか?」
「そうだな…一応着替えていくか…」
眠そうな顔で村田がクローゼットから高そうな白いスーツなどを取り出す
着替えは数分で完了した
「ではぼっちゃま、そろそろ」
「んー」
二人は庭へと向かった
不意に村田が質問をした
「そういや何処行くんだ? ドライブって言うけどさ」
「ちょっと首都高の方まで行きましょう。最近の首都高は面白いらしいですよ」
じいやがニヤつきながら言った
「ふーん」
村田はあまり興味が無さそうだった
二人はZ32に乗り、ドアを勢いよく閉めた
「ぼっちゃま、一つだけ警告しておきます」
「ん?」
相変わらず村田はつまらなそうな顔をしていた
「ぼっちゃまがよく運転なさるベンツなどとは乗り心地が全く違いますのでご注意下さいね」
「あぁ、はいはい」
「それと…」
「何だよ、まだあるのかよ」
村田の目がやや細くなる
「高速に乗ったら窓の上の手すりを掴んでくださいね。青か黒の速い車が現れた時には必ずお願いしますよ…」



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