127  名前:氷河期@ ID:HLHNONE  2013/02/27 23:47

第9話 『堕落』

ブルーバードが綺麗に橋脚を抜けた
その後を白き車が追う
「おぉッ!?」
じいやが不意に声を上げた
「ど、どうしたんだよじいや…」
「も、申し訳ございません。あまりにもブルーバードのラインが綺麗だったもので」
じいやはそう言うとアクセルを抜いた
「あ、あれ? 何かスピード落ちてるけど…」
村田がじいやの足元を見つめて言った
「今日はここまでにしておきましょう」
「ちぇっ、今日はここまでかよ」
村田は軽く舌打ちをした後大きくあくびをした

―ガンッ!!
「おい、ふざけんなよ親父!! 会社が倒産寸前だ!? 何で早く言わねぇんだよ!!」
村田は思い切り机を叩いて父親の胸ぐらを掴んで怒鳴った
じいやは部屋の隅でこれを見ているしかなかった
「す、すまない卓弥… 何せうちのバカ共が他社の連中と思いっきり揉めちまってなぁ」
父親は宥めようとしているがそれは逆効果だったのかもしれない
村田の額には大きなしわが出来ていた
「他社の奴らと揉めた!? 何でそんくらいでうちの経営が傾くんだよ!! どうなってんだよギャンブル業界は!!」
つばがかかるくらい大声で怒鳴っていた
じいやは依然として表情を変えずにその様子を見つめていた
「い、いわゆる風評被害ってヤツでな… その、相手の会社の連中が悪い噂を撒いてるみたいなんだ。それで客が入らなくなって…」
父親の弁明すらも聞かずに村田は顔を赤くして怒鳴り続けた
「何で教育くらいしっかりしとかねぇんだよ!!」
「す、すまない… 卓弥を一生楽に生活させてやりたかったんだが…」
「チッ、糞が!」
村田は父親の高そうな机を蹴って部屋を後にした
じいやも続くようにして部屋を出た
深くため息を吐いて、父親は椅子に座って下を向いてしまった

「くそ、俺は、俺はどうすりゃ良いんだよ…」
部屋に戻った村田は涙ながらにつぶやき始めた
「このまま一生楽して、裕福に暮らせると思ってたのに… 何でなんだよ!」
村田はベッドの上にある枕を殴り始めた
じいやはそれを静かに眺めていた
「くそっ、くそっ」
村田は殴り続けた。おそらく死ぬまで続ける気だろう
「ぼっちゃま」
じいやが遂に口を開いた
「んだよ」
村田はうつむきながら返事をした
「ご主人が稼げなくなってしまったなら、今度はぼっちゃまが稼ぎにいく番ではないでしょうか?」
じいやは優しい表情をしつつもやや厳しい質問をした
村田が口を開くまでに5分くらいはかかっただろうか
「何で、俺が…」
「ぼっちゃま、甘えてはいけませんよ。ぼっちゃまもするべきことがあるはずです」
「くそっ、俺は何をして生活すりゃ良いってんだよ!」
村田が悲しみと怒りをこめて怒鳴った
「ぼっちゃまにはあるじゃないですか、稼ぐためのツールが」
「え…」
「庭に行きましょう、さぁ」
そう言ってじいやはドアを開けた
庭に出て村田の目に一番に入り込んできたのはガレージの白い車だった
そう、フェアレディZ
「ぼっちゃま、レーサーになる気はありませんか?」
「俺が…レーサー…」
村田の言葉にあまり感情はこもっていなかった
「そうですぼっちゃま、ぼっちゃまがこのZを走らせ、そしてこの家を支えていくのです」
じいやはやけにハキハキしていた
「けど、俺車は…」
「ぼっちゃまなら大丈夫ですよ、車が好きな人なら速くなれます!」
「あ、あぁ…」
村田は適当に返事しているようにも見える
「でも、好きなことをして稼げるのって良いよな」
村田にやや明るさが戻ってきた
村田の目は涙で輝いていたが、別の輝きも放っていた
「そうですぼっちゃま、その通りですよ!」
じいやは依然として興奮していた
「ただ…」
「何か?」
「あの、ブルーバードとやらに勝ってからにしてぇんだ、サーキットで走るのは」
「はて…それは何故でしょうか?」
じいやが珍しく質問をした
「アイツより速く走れねぇと、気が済まねぇんだよ」

―ブルーバード、見るものを虜にし走りに対するモチベーションを最大まで引き上げる美しき怪鳥


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